石畳のエントランスに導かれた先に佇む日本家屋。築100年超の家屋を、日本文化の発信基地とするべく、当主である岡本忠文さんはリフォームを敢行。そこに至った経緯、そして、この家に寄せる思いとは?
この家で生まれ育ち、再び今ここに暮らす岡本忠文さん。この度、自らの生家にリフォームで再び命を吹き込み、「桜下亭」として蘇らせました。和の空間でフレンチが味わえるレストランとしてだけでなく、料理教室やコンサートなどあらゆる文化を愉しむ場になっています。
岡本さんは、高校生の時までこの家で暮らし、大学進学のため上京。日本人がアメリカに行くことが珍しかった当時、大学在学中の岡本さんは単身アメリカへ。「英語には少し自信がありましたが、現地の英語はまったく聞き取れませんでした」。意思疎通ができず、辛い日々を過ごしましたが、ラジオの専門チャンネルを夜中まで聞き続け、1ヶ月半後のある日突然、瞬間的に英語が理解できるように。面白いように英語があふれ出し、友達もたくさんできた岡本さんにとって、アメリカでの生活は実に楽しいものでした。
そして約1年が過ぎた頃、両親に懇願されて帰国。大学卒業後は地元の某エネルギー会社に就職し、システム開発の部署に配属されました。コンピュータについての知識はありませんでしたが、新しいもの好きの性格が幸いし、少しずつ仕事の面白味も感じられるように。連日深夜まで仕事をしてから飲みに行き、そこでしばらく寝てから出勤ということもしばしばありましたが、岡本さんは常に一定以上の成果を上げ続けていました。
そんなある時、岡本さんは会社の常務から食事に誘われました。常務からの誘いとなれば、本来はすぐに受け入れるところです。しかし、「システム開発の仕事はチーム作業。一人だけ抜けるわけにはいかない」と思った岡本さんが丁重にお断りしたところ、翌日からその常務と顔を合わせても、挨拶さえしてもらえなくなりました。「どうして口をきいてもらえないのだろう…」と考えても答えは見つかりません。それから半年後、再びその常務から食事に誘われ、今度は二つ返事で引き受けた岡本さん。そこで初めて気がついたことは、「目上の人、それも役員諸氏からの誘いは断るものではない」ということでした。「社内ならともかく、社外の方から誘われた時、断るようなことがあれば、会社の人間として取り返しのつかないことになるかもしれないのだということ
を教えられました。社会人として身に
付けるべき社会性や人間性、所作、礼儀、マナーといったことを徹底的に教えてもらい、とても良い経験をさせてもらいました」と岡本さん。今も、スタッフには徹底してこれらのことを教えているといいます。「今、こういったことを教えてくれる人ってそう多くはいないでしょう?だから今の若い人たちはなかなか人間的に成長できないのだと思います。私が教えることによって、所作、礼儀、マナーなどが身に付き、ここに来てくださったお客様に対する配慮が自然とできるようになる。すると、相手に対する思いやりや誠意をもって対応するにはどうしたら良いかが分かるようになり、人間としての幅が出てくるのです。こう思えるようになったのも、会社員時代に上司に恵まれたおかげです」。
心から尊敬できる人との出会いと教えによって、岡本さんは今も人間力を高めるべく日々歩み続けています。
細かい細工がなされた欄間が目を引く、二間続きのレトロモダンな和空間。透明なアクリル製の椅子を配しているため、視覚的に空間が広く感じられる。空間を優しく照らす、丸いガラスのシェードをもつ味わい豊かなアンティークの照明は、同じものを2つ揃えるのに大変苦労したという
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窓から広島市街の眺めが広がる2階の洋間。予約すればここで食事をすることも可能。いずれはブライダル空間としての利用もできるかも |
にじり口も備えた茶室でも食事可能(要予約)。障子戸を開けて土間越しに日本庭園を眺めながらのひとときを過ごすことができる |
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晩秋の見事な紅葉に彩られた桜下亭入口。住宅街の通りを行き交う人々の目を釘付けにするほどの美しさに、しばしうっとり |
京都から職人を呼び寄せて造った待合い腰掛けや安土桃山時代の織部灯籠、石造りの仏像の台座を利用したつくばいなども配置 |
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玄関へのアプローチの側には、樹齢100年超の桜の木が全部で6本 |
広島を拠点に活動するバンド・koyumikoと、アコーディオン奏者・桑山哲也さんを招いてのディナーライブ。丸みを帯びたような温もりあふれる音に優しく包み込まれた観客は、心地良いひとときに酔いしれていた
広島は国際平和文化都市といわれ、平和は声高に叫ばれているものの、国際と文化をアピールできていないことを以前から感じていたという岡本さん。そこに、2000年9月11日のアメリカ同時多発テロが発生。「世界に向けて、本当の意味での平和を考えようというメッセージを発信できるのは広島しかない」と考えた岡本さんは、世界共通語である音楽でアクションを起こすことを決意します。有名なマーラーの交響曲「復活」を、「ロード・トゥ・ピース〜復活〜」として広島のテーマミュージックに掲げ、コンサートの実現に向けて動き出しました。広島県と広島市に協力を呼びかけ、民間企業16社から協賛金を集め、勤めていた会社の会長にコアスポンサーとなってもらえるよう働きかけた結果、開催のための資金を確保することに成功。「原理原則にとらわれる“平和”ではなく、子どもたちの未来が豊かに開けるようにと願う“平和”の希求を実現することこそ、広島に課せられた絶対的使命。その思いで日々駆け回っていました」という岡本さんの熱意には頭が下がる思いがします。
そうして実現にこぎつけたコンサートでしたが、理解を示していた当時の会長が急逝し、自らも部署の異動で、残念なことに4年続いたところでピリオドを打つことに。しかし、このことを通じてできた人脈は、今も生きています。
柔らかな光に照らされて夜の闇に浮かび上がる夜の桜下亭。昼間とはまた違った表情を見せ、ひときわ豊かな情緒を醸し出す。日本の四季の美しさを如実に示す見事な日本庭園に、名匠・重森三玲の美学が凝縮されている
そんな岡本さんが51歳の時、父親、さらに尊敬していた当時の会長が次々に他界。肉親を一度に失ったような深い悲しみに襲われ、岡本さんはこれからの人生をどう生きるべきか、改めて考えさせられる時期となりました。その後、両親のいなくなったこの家をどうするかという問題に直面します。「一番楽なのは、家を取り壊して土地を売ることでしたが、それはまったく思いませんでした」と岡本さん。家もさることながら、名匠・重森三玲が手がけた見事な庭園を活かす方法はないものか…。最終的にはマエダハウジングの前田社長に依頼してリフォームに踏み切ることになるのですが、それ以前にも岡本さんはさまざまな試みを重ねています。「岡本塾」と称して20〜40代の若い人を集めた異業種交流会もその一つ。「私のこれまでの生き様をみんなで共有する集まりでしたが、平たくいえば“飲んべえ会”(笑)」。季節ごとに集まって、庭のドリンクバーでお酒を酌み交わしながらいろいろなことを語り合う場で、広島でアーティストをめざす人たちがパフォーマンスを披露したり、歌のソリストを招いて庭で歌ってもらうなどもしていたそうです。「今もここで開くコンサートや落語会に高名な人を招聘できるのは、こうしていろいろなジャンルの人たちと深く付き合ってきたことと、会社員時代の人脈のおかげ」と岡本さんは言います。
「日本の外交能力が問われていますが、こういう場を通じて日本の伝統文化を発信することで、日本という国を外国の方にしっかりと正しく伝えきることができればと思うのです。そもそも、自分たちの伝統文化を分かっていない日本人は、外国人に対して同じレベルで話はできません」と岡本さん。「みんなが平和な世界を享受するにはどうしたら良いかを真剣に考えなければ、これからの平和はありえない。それには、まず国の文化という土壌がないとできません」。その思いから、岡本さんは早期退職し、この家を蘇らせました。岡本さんの思いが結実した桜下亭を訪れる人は、見事な日本庭園と大正ロマン漂う家屋が織りなす独特のロケーションを体感。癒しを感じながら至福の時を過ごします。
「庭の桜の木は樹齢100年超。見てくれる人間からエネルギーをもらい、木も人間にエネルギーを与えてくれているのだと思います」。今も若い枝を伸ばし、花を咲かせながら生きていこうとしている桜の木に愛おしさを感じ、人間の生き様を重ね合わせる岡本さん。「自分のもつエネルギーを、相手にも与えながら共に成長していくことができればとてもハッピーなこと。この桜下亭を、みんなが幸せになれるオールハッピーな社会の実現に貢献できる場にすることが、今後の私のライフワークです」。岡本さんの挑戦は、これからが本番なのかもしれません。
桜下亭(おうかてい)
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広島市安佐南区長束西3-9-17 tel.082-239-1000 定休日:火曜 |
営業時間 |
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